ファミスタ90

ナムコ 1989年12月19日発売

5800円 2M+64KbitRAM

バッテリーバックアップ

十字キー 選手移動 球速・変化球操作

      Aボタン 打撃 投球 送球
Bボタン 走塁



新たなるファミスタ
89年の年末に発売された「ファミスタ90」。

ファミスタ89が既に夏に発売されていた事により、この作品から翌年の西暦が付くようになった。

90年代に突入した事を記念してか、この作品からあらゆる部分がパワーアップしており、さらに息の長く楽しめるソフトとなり初代以来の盛り上がりを見せたと思う。

大きく変わった点としては遂にゲーム中のBGMが一新、アーケード版のワースタと同じBGMへとなり選手の肌やグラウンドの色も明るめの色へと変更されるなど、雰囲気がかなり変化した事が挙げられる。



そしてようやくバックアップ対応となり最大6人までのリーグ戦が可能、さらに初めてPとAチームが完全にプレイヤーチームとして選択出来るようになるなど、勝ち抜き戦しか楽しみがなかった1Pプレイも幅広く楽しめるようになった。

球場はふえいふえい球場とだいそうげん球場の2球場が追加された。

前者はレッドソックスの本拠で御馴染みフェンウェイ・パークをモデルにしたものであるが、当時の日本ではMLBの情報などはロクに知る事が出来ず、ゲーム誌や攻略本などでも紹介はほとんどされてはいなかったと思うので、どういう球場がモデルになっていたか全く知る由もなかった。




だいそうげん球場はその名の通り大草原の真っ只中の球場であり、フェンス(と言うより柵)が真横に立っているのでセンターが一番短く、左右はポールが見えないほど遠いので、頭を越えられたら確実にランニングホームランとなってしまう。

それ以外ではところざわ球場と、今は懐かしいかつての阪急ブレーブスの本拠地西宮球場をモデルとしたたからづか球場なども追加された。

ゲーム性的には3割打者のライナー性の当たりはドライブがかかるようになり、打率が高いほど野手の手前で一気に減速するためCPU相手であればほとんどヒットにする事が出来る。







1989年後半
89年の後半戦はセリーグは斎藤・桑田・槙原の3本柱を完成させ、投手王国を築いた巨人が後半戦も危なげない試合を繰り広げ、広島、中日の追撃を振り切りほぼ独走状態で優勝した。

個人成績ではその斎藤と巨人から移籍してきた中日・西本聖がそろって北別府以来セリーグでは7年ぶりの20勝を記録した。打者では何といってもクロマティが8月辺りまで4割をキープし、日本プロ野球初の4割を期待させたが晩年と言う事もあってか後半失速、最終的に.378まで落ちたが、それでも川上哲治のチーム記録.377を1厘更新した。

パリーグは後半ようやく西武が巻き返しを図り、9月には遂に首位にも立ったが三つ巴の様相は変わらず、決着は10月12日の西武VS近鉄ダブルヘッダーの直接対決へと持ち込まれた。


ここで西武は1勝上げれば優勝が決まったが、あのブライアントの神がかり的な4打数連続本塁打などで西武に2連勝、後日ダイエーに勝利し1年前の無念を晴らした。

西武ファンの私としては、この年西武が優勝していれば85年〜94年とパリーグ10連覇だっただけに悔しいの一語に尽きるが、プロ野球の人気そのものは現在とは比較にならないほど盛り上がっており、特にこの89年はパリーグ空前の優勝争いがあった事もありファンの熱気は凄まじく、プロ野球ファンとしてこの時代を過ごせた事は間違いなく幸せであった。








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